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難しい日本語の言葉遣い

レターから見る

最近仕事をしていたときに、他者から展示会にブースを出すのでぜひとも来てほしいような旨のレターをいただきました。
そこでちょっと気になったのが「万障お繰り合わせの上~」という表現です。
そのレターをくださったのは普段から懇意にしていただいているお取引先で、担当の方もかなり感じがよく持ちつ持たれつのよい関係を続けていた企業さんです。

もっともそのレターは当社にだけ送られたものではなく、他のお客様にもあてて数十通、数百通が送付されているような形式的なビジネスレターなので、文面までもを細かく目を通すような人はほとんどいないのではないかとも思えます。
ですが、個人的な印象として「万障お繰り合わせの上」というと、万障=さまざまな予定・障害を、お繰り合わせ=なんとしてでも都合をつけて、というふうな意味にとらえられてしまうので、ちょっと上から目線すぎるんじゃないかなというような感じになってしまったのでした。

そこで上司ではないのですが一緒に働いている年上の同僚の人に意見を聞いてみたところ、なるほどと今気がついたようなことを言われました。
他の似たような招待レターではどんな表現をされているかと調べてみたのですが、「万障お繰り合わせの上」というのはその企業さんだけであとは「ご多忙のことと存じますが、ぜひともご出席を~」といったようなあたりさわりない表現にまとめられていることがほとんどとなっていました。

言葉の使い所

しかし私はこれまで生きてきた中で「万障お繰り合わせの上」という文章自体を見たことがなかったのですが、どこでこんな言葉遣いを覚えるんだろうかと少し不思議になってしまいます。
勝手な想像をすれば、おそらくはかなり以前に先輩社員さんなどが使った文面をそのままタイトルや伝達部分の記載を変えて流用しているだけなのではないかと思うのですが、それにしても出処がどこからどうなってくるのかは不明です。

現在ではそうしたビジネスレターはワードなどを使って長年決まったテンプレートを別名保存していくことがどの企業でも行われているのではないかと思います。
それは裏返して考えれば、自分が初めて作成する文章はもしかしたら自分が何か事情ができて退職してしまったあとも面々と引き継がれていくことになってしまうんじゃないかということでもあります。
おかしな言葉遣いをしてそれが残り続けてしまうようなことがないよう、普段からの書類作成には十分注意をしていきたいと今は考えているところです。

バイクと思い出の数々

昔の相棒

私の実家の倉庫には、古いバイクが一台あります。
今は誰も乗っていないのでエンジンをかけたときに正常に動くかどうかも怪しいのですが、かつては父親がそれを使ってかなり長い距離を旅してきたのだといいます。
ですが仕事で腰を痛めて依頼、長く姿勢を維持しなくてはいけないバイクに乗るのが大変になったということで、今は放置したままになっています。

放置するならさっさと捨ててしまえばいいじゃないかと思う方もいるかもしれませんが、父親に言わせると「人の思い出の品なんだから簡単に捨てるとか言うな」ということらしいです。
その言葉を真に受けて母親も文句をいうことなく黙ってしまいこんだままにしてありますが、そろそろ倉庫の建物自体が老朽化して危険な感じになってきたので、いよいよバイクも手放し時かなという感じがしています。
ところで、父親にとってのバイクのように不要とわかっていてもなかなか捨てられないものというのはあるものですよね。
最近「断捨離」というものをできるだけ捨てて多くを抱え込まない生活をよいものとする考え方も流行ってきていますが、私はこれには全面的には賛成できない部分があります。

物の大事さ

確かに、不必要なものを捨てずに貯めこんで気がついたらゴミ屋敷、なんてのはいけませんがかといって何もかもをどんどん捨てていったのでは、その時に感じたことや考えたことまでもを一緒にどこかにやってしまうような気がするのです。
私は現在親元を出て一人暮らしをしていますが、手狭な賃貸マンションの中にはどうしても捨てられないものがいくつかあります。
その中の一つが小学校時代に使っていた勉強机で、今では机としてではなく不便な化粧台となってしまっているのですが、当時いろいろと考えながら勉強をしてきたことを思うと、引越しに邪魔だからとさっさと捨ててしまうのは惜しいような気がしています。

先日母親にその机のことを話したら「やっぱり娘ね」と父親のクセと比べて笑われてしまいました。
思うに、ようは自分で掃除や整頓ができないレベルにまでものを貯めこんで、どこになにがあるかも把握できなくなってしまうのがいけないわけで、実際には不要なものであってもそれを自分で管理できる程度であれば持っていても構わないということではないかと思います。
捨てられない性格の人を「ホーダー」と呼ぶという心理学の用語も最近知りました。私は将来的には自分の思い出をホーダーできる人間になりたいと思っています。